やりたいことは、さっさとやったほうがええんですわー

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廣永智彦さんのご家族とお友だちと
最後に勤めた職場の上司や同僚だったみなさまと
ご本人へ

廣永さんとは、2014年春まで、同じ会社の同じフロアで働いていました。

部署も違ったし
廣永さんは営業で店舗にいることがほとんどだったから
社内で顔をあわせる機会は少なかったけれど
わたしが会社を辞めたあとも、たまーにLINEでやり取りしていました。

「録画して観るテレビ番組がほぼ一緒」

という、わたしにとって奇跡の人であり、気の合う人でした。

営業で忙しいのに、貴重な休みにエキストラのお手伝いをやっていて
自分が映っている(映りこんでいる)ドラマのシーンを放映時に写真に撮り、LINEでせっせと送り付けてくる・・・という嫌がらせを何度か受けました。

「わたしはあなたのファンじゃないから送って来なくていいよ!!」と言っているのに、送り付けてきました。
映りこみが小さいときは、わざわざ自分の顔を赤丸で囲んだものを送りつけてきました。

去年の夏頃だったか、病気で休職するとメッセージがきたとき、
なんとなく勝手に「心の病???」と思い込み、あまり深くは尋ねませんでした。

今年になって、ドラマ「カルテット」にはまり、
このドラマは、自分と感覚の近い人、ドラマや映画に関する見識も私以上のレベルの人と
ぜひとも語り合いたい!!と思い

久しぶりに連絡を取り、

いまどこにいるの?
大阪?
なんの病気か聞いてもいーい?

と、軽い気持ちで質問したら
ヘビーな病名と「僕もビックリです!」みたいな軽いコメントがセットできて、ビビりました。

わたしがブログを運営していることを知っていて、ブログの開設方法について教えてほしいと言われ、じゃあ、体調が良いときに会おうよ!と、3月に吹田へ会いに行きました。

ブログを始めようと思った、いちばんの動機はなにかと質問したら
「吐き出したいから」だと。
弱音も含めて、自分の感情を吐き出す場所がほしいと言っていました。

あとは「生きているうちに、やりたいことは、さっさとやったほうがいい」というのを
ブログに書きたいとも。さらに、映画やドラマや音楽の話も書きたいと。

会社の人たちや、いまの会社の様子についても話してくれました。

年下の同僚が自分の上司になったこと。
上司になった彼のことを心からリスペクトしていること。
でも、やっぱり悔しいから、自分も本気出して、もっともっと活躍したいということ。
本気で仕事を頑張りたいと決意した矢先に、病気が発覚したこと。

病気そのものよりも、決意したタイミングで病気が見つかったことが、いちばんショックだったということ。

病気を考慮し、関西支店に異動させてくれた会社に心から感謝しているということ。
会社の上層部の心遣い、人事部の手厚い対応と気遣いに感謝しているということ。

早く病気を治して、職場に復帰して、会社に対して恩返しがしたいと、真剣な顔で話していました。キレイごとではなく、心からそう思っているようでした。

いつでもブログを始められるように準備を整えていましたが、その後、再入院してしまい
「タイミング悪くてごめんなさい」というメッセージが届きました。

絶対にわたし好みであるはずの、廣永さんの脳内ライブラリーを共有してほしくて、ブログ開設を楽しみにしていたのですが、間に合わなくて残念です。

もっと早く連絡すればよかった!とも思うし、
もっと早く相談してくれればよかったのに!!と、責めたい気持ちもあります。

「わたし、実はドラマの脚本家になりたかったんだー」と、メッセージをしたら
「僕は芸人になりたかった」と、返ってきたこともありました。

高校生の頃に憧れていた芸人さんがいて、出待ちを繰り返し、やっとネタを見てもらうことになったタイミングで、その芸人さんが亡くなった話も聞きました。

雨上がりの同期で、第二のダウンタウンと言われるほどの天才だったと。

話を聞いたあと、ググりました。

あっちの世界で、出待ちからやり直しですね。
自分より年下の天才芸人相手に。
だれやねん、このおっさん、と思われながら。

おそろしくどうでもいいことですけど
わたしの好みの男性のタイプ(見た目)は

1.メガネ
2.ヒゲ
3.塩顔
4.高身長
5.関西弁

であり、オールクリアしている唯一のひとでした。
ご縁がなくて残念です。

3月に会ったとき、別れ際に「わざわざ吹田に来てくれてありがとうございます」と言われて
「わざわざ吹田じゃなくて、わざわざ茅ヶ崎から大阪まで来たんだよ、あなたに会いに」と、イラっとしましたが、言えませんでした。

仕事のついでに行くよ~と、嘘をついたのはわたしなので。

あの、のんびりした、頭上から降って来る関西弁が、もう聞けないと思うと哀しいです。

この先、心震えるドラマや映画を観たときに、「ちょっと、ちょっと、見た???」と、真っ先に共有したい相手がいないのも寂しいです。

最後に会ったとき、

「ほんま、やりたいことは、さっさとやったほうがええんですわー」と、
珍しく力説していたことは、わたしが代わりに発信していきます。このブログで。

ほんのわずかだったけれど、楽しい時間を過ごさせてもらいました。
ありがとうございました。

闘病生活、本当にお疲れさまでした。

さようなら。また会いましょう。

ご冥福をお祈りいたします。