20年ぶりのピアッシング

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明日、死ぬかもしれないから、体力にまったく自信がないけれど、夏フェスに行く決意をし、痛いことがこの世でいちばん苦手だけれど、勇気を振り絞ってピアッシングに行く。
(20年ぶり2度目 ※とっくの昔に塞がっていたから)

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茅ヶ崎駅北口にある青木クリニックの女医さんは、常に真顔をキープされている方で、ビビりまくるわたしに、優しい言葉をかける様子など微塵もなく。

「痛いですかね・・・?」「どのくらい痛いですかね・・・?」

「痛いですよ。(むかし)一度開けているところをもう一度開けますから、余計に痛いですね」

ヒィー(((゚Д゚)))ガタガタ

結果。左は痛くなかったけど、右は相当痛かった。

最期の日を意識して毎日を過ごすのも、なかなか大変だ。

でも、過ぎてしまえば大したことはなく、もっと早くやれば良かったと思う。

だいたいのことは、そうなんじゃないだろうか。

思いきって会社を辞めることも
思いきって満員電車とさよならすることも
思いきって独立することも、会社を立ち上げることも
長く付き合った相手と離れることも
思いきって婚活に本腰を入れることも
思いきって気に入った土地に移り住むことも

過ぎてしまえば、「もっと早くやれば良かった」と、動きの鈍かった自分を呪う。

いま、周りにいる「行動力のある人たち」が、ことごとく自分より(うんと)年下でイラっとする。焦る。

やはり、打ち出の小槌を握りしめていた期間が長すぎた。

ピアッシングのように、痛い思いをすることもたくさんあるけれど、みんなそれを乗り越えてきている。

ときに狼狽し。ときに放心しながら。

ボカスカと打たれながら、痛い思いをしながら、学習し、前進する人はカッコイイ。

その姿に心惹かれる。

(過去記事)仕事がつまらないあなたへ:辞められないのは打ち出の小槌を手放すのが怖いから