地域版mixiやりたい・・・

ラブレター その1

はじめに

もうじき娘は1歳になる。

我が子の可愛さは毎日更新される、写真をいくら撮っても足りない、
などと聞いてはいたけれど、正直そこまでか??と思っていた。

しかしここ最近は急激に喃語を話すようになったり、
少しずつ意思疎通らしきものが取れるようになり、可愛さマシマシである。

食べることが大好きな娘は『まんま』を連発するのだが、
今日保育園に迎えに行った時に『まんままんま』と涙を流しながら、高速ハイハイで私に向かってくるのを見て、
あらかわいい、まんま=ママってこと?なんて幸福をただただ感じていた。

私のことよりもばぁば(私の母)のことが好きなんじゃないか?
と思う瞬間も多々あるけれど、それはそれでとても微笑ましく、嬉しい。

これ、義理の母だったらちょっとムカついていたと思う。笑。

経験したことないから、なんとなくの想像だけど。

そんな自分が容易に想像できる。

ひねくれていると思われようが、こういう些細なことで、
『あ、未婚で産んでよかった』と思う瞬間が増えている。

未婚で産むと決めるまでの悩み苦しむ期間、私を助け、支えてくれた人がいる。

お腹の中の娘の存在を肯定し続けてくれた人がいる。

いつか娘が大きくなったら、その話を全部残さずしてあげたい。

あなたは望まれて産まれてきたし、産まれる前からこんなにも大切にされていたよと。

100愛情を注ぐ父親がそばにいなくても、あなたに10の愛情を注ぐ人が10人いたら幸せよね?いや、10人以上いるよ。多分。

(あ、でも子供の父親は娘のことが大好きです笑 オンラインで話すとデレてます)

そんなわけで『ラブレター』と題して、ただただエピソードと共に感謝を伝えていくという完全自己満足の世界。

君がどちらの選択をしても応援する

私と子供の父親の共通の上長のTさん、ありがとうございます。

妊娠が発覚し、子供の父親に堕胎を勧められた後、つわりも始まっていたし、現実を受け入れるのに精神的にも少しずつしんどくなってきて、間違いなく仕事に支障が出る。
そう思った私は、妊娠発覚後、信頼している2人、子供の父親、の次に報告したのは、親友でもなく、親でもなく、この上長。

報告後、驚いていたが、普段からとても冷静なTさんは、いつも以上に努めて冷静に、私の身体のことを第一に心配し、じっくり話を聞いた後、

『仕事や数字のことはどうだっていい、生産性とか気にしなくていい。身体第一で。』

『君がどんな選択をしても俺は応援する』と力強く言ってくれた。

そうだよね、私の人生だもん、私が決めていいんだ!と気付かせてもらったのと同時に、お腹の子の存在も肯定された気がして、とても嬉しかったのだ。

Tさんはこの後起こる事件後、すぐに会社にエスカレーションしてくれて、私を守り、地元に異動するために尽力してくれた。

でもきっと複雑だっただろう。自分の組織内でのいざこざ。沢山悩ませてしまった。
Tさん、ありがとうございますとごめんなさい。

ちなみに娘が産まれてすぐにお祝いの品と手紙が届いたこともありがたかったのだけれど、私が自分で考えた娘の名前を報告した時、『君らしいね』と言ってもらえたことも本当に嬉しかった。
よく見てる、私のこともよくわかってる。

私らしいと言ってもらった名前を呼ぶと、娘は振り返るようになりましたよ。

私は産んでほしい 

私の人生の先輩であり、元同僚のシングルマザーAさん。

妊娠が解る前から、彼との関係の相談をし、もしかしたら妊娠したかもしれない…
という話から、妊娠検査薬の画像も送り、誰よりも喜んでくれた。

『きっと彼は責任感のある奴だから大丈夫、結婚だね』と喜んでくれたのに、期待外れてごめんなさい笑

その後、私以上に怒り狂ってくれて、辛い時に何度も話を聞いてくれて、今では弁護士の先生の紹介から調停のイロハまで教えてくれる大先輩。

シングルマザーで育てている2人のお子さんは、本当に良い子。

どうやったらこんなに勉強もできて、精神的にも大人で、素晴らしすぎる子供に育つのか、本を出して欲しいくらいのAさんに、産むかどうか?の相談をしていた。

私が元々子供好きなことも知っており、子供と遊んでいる姿も散々見てきたAさんは『あなたは良いお母さんになるよね〜』と事あるごとに言ってくれていた。

だからこそ、結婚云々さておき、私の妊娠をあんなに喜んでくれていたんだ。
そして『私は産んでほしい』と言ってくれた。

いくら仲が良いとはいえ、他人がこれをハッキリ言うことって難しい事だと思う。
無責任に言えることでもないし…だからこそ嬉しかった。

勇気を振り絞って、ハッキリ言ってくれたのは、私のことを信頼してくれているから、というのが背景にあるのがわかったから。

『あなたは1人でもちゃんと育てられる人だよ』とシングルマザーの大先輩に認められているような気がした。

産むことを決めた後も、沢山の手料理を準備して自宅に招いてくれたり、
今では調停の進捗も誰よりも知っており、私の駆け込み寺であるAさん。

本当にありがとうございます。東京行く時は泊まらせてください。

なんとかなるって、一緒に住む?

前職の同僚で、頭脳明晰、仕事がバリバリできるHさん。
これまたシングルマザー笑。

前職時代から私のメンタルサポーターであり、同志であり、転職後はかなり初期に私のお客様になってくれた、もう足向けて寝られない人。

夜、オフィスで急に不安になり、でもこんな時間だし誰に連絡して良いのやら…というときに電話をし、妊娠を報告。

するとなんの事情も聞かず、『え、おめでとう!!!よかったじゃん』と弾む声で祝福してくれた。

その声に安心し、涙を流しながら、事情を話すと、Hさんは全く動揺することもなく、感情をあらわにすることもなく、

『あぁ大丈夫大丈夫、シングルでも育てられるから』

なんとかなるって!なんなら私も一緒に面倒見るし。ファミサポもあるし。
なんなら我が家部屋余ってるから、一緒に住む?そうしたら少し生活楽になるでしょ?ただとにかく1人で背負い込むのはNG。ヘルプをいっぱい出して、助けてもらいながらね!あなたそれ苦手だからさ。』

Hさんの言葉で、不安がだいぶ払拭されたのはもちろん、お腹の子が産まれた後のことをあまりに淡々と普通に話すので、気がついたら私は母親の視点になっていて、産むこと自体の迷いがなくなっていた。
当時、私が横浜とHさんが戸塚という距離感に住んでいたこともあり、何度もHさん手作りの夜ご飯をご馳走になり、帰りは車で送ってもらった。
(息子くんと娘ちゃんもドライブ付き合ってくれてありがとね。)

思えば、妊娠中のクリスマスイブ(都会で過ごす最後のクリスマスイブ)も寂しさで精神的におかしくならなかったのは、Hさん一家のおかげ。

身体の栄養から心の栄養までありがとう。

あなたの棺桶、蹴飛ばしにいくからね

私が現職に入社したタイミングで職場を去っていたため、一緒に働いたことはないけれど、出会った瞬間からなぜか気が合うBちゃん。

才女なのに気取らない。
口が悪いのに、こちらがそれに気がつかないくらい頭の回転が速く、賢い。
何よりもとても優しい。自分が大事にしたい人にはとびきり優しい。

私の妊娠を知り、都内から横浜まで来て何度ご飯をご馳走してくれたことか。

落ち込んだ私を自分の庭と称す中華街に連れて行き、またしても高級中華をご馳走してくれる。お嬢かよ。私も幾つになってんだよ、ご馳走になってばっかりだなんて笑

そんなわかりやすい優しさはもちろん、彼女の本当の優しさはこんなことではない。

妊娠発覚後、1番傷ついたことは『子供を堕してほしい』と子供の父親に言われたこと…ではなく、その翌日に彼がSNSで自分語りをしており、自分のブランディングのために生い立ちからいかに家族が大切かという長文の投稿をしたことだった。

自己ブランディングとはいえ、もちろん彼は本当に自分の父母に感謝し、そのために仕事を頑張っていることは事実。

ただそれをこのタイミングで投稿できるのか、私が読んだらどう思うとか想像しなかったのか、悶々とする中で、つわりも酷く、精神的にもどん底、仕事ができない焦りが重なり、『もう死んでしまいたい』『死んで彼を後悔させてやりたい』という謎の思考に陥り、当時住んでいたマンションの11階から飛び降りようと決めた。

…でもできなかった。何度手すりに手をかけてもどうしてもできなかった。

どうして良いかわからず、今思えば本当に迷惑な話だが、冒頭のBちゃんに電話をした。泣きながら『死にたいのに死ねない』と言葉にして。

それに対し、驚くことも動揺することもなく『うんうん、そうかそうか』とただ話を聞いてくれた。

そして私が落ち着いた頃を見計って、冷静に淡々とこんなことを言ってくれた。

『辛かったね。よく頑張った。でもね、よく考えてみて。あなたが死んでもね、あの男は反省したり後悔したりするどころか、また自己ブランディングになるマイストーリーのネタができたと思ってSNSとかに投稿するよ。あなたが死んで後悔するような男だったらこんなことにはなっていないから。』

そして
『そんな男のために命落とすの?はぁ?
そんなことしたらあなたの棺桶蹴飛ばしに行くからね!』

と強い口調で感情的に言ってくれた。
そこで私は目が覚めた。

今、私と娘の命があるのは、あなたのおかげです。Bちゃんありがとう。

お前にじゃない、お前のお腹の子供にだからな

大先輩だなんて言葉じゃ語れないほどの職場のレジェンドMさん。

今はもう転職されてしまったけれど、全社的にも彼を知らない人はいないほどの有名人。

なぜかとても私を可愛がってくれていて、支社は違うのに、勉強会に誘ってくださったり、定期的に連絡くださったり。年齢的にこんなこと言ったら怒られるけれど、お父さんみたいな人だった。

そのMさんに妊娠の事実と現状と産むか迷っていることを告げた時、

『赤ちゃんは誰のものでもない、お母さんのものだ。つまりお前のものだ。だからお前が決めて良いんだ。だけど産んだらいい。なんとなるから。子供ができることは奇跡だから』
と背中を押してくれた。

自身が不妊治療で苦労された末にお子さんを授かった経験もあり、こんな言葉をくださったのだと思う。

その後も心配の連絡をくださっていたのだが、あまりの体調の悪さで2ヶ月近く仕事を休んでいることを告げると、『体調が良くて出社する時は連絡するように』とのことだった。

つわりも落ち着き、出社できるタイミングがあったので、その旨連絡すると、会議室に来るよう呼び出しがあった。
会議室で久しぶりにお会いすると、私の体調や現状を色々と聞いてくれて

『人生は何事もバランスだからな。その男(子供の父親)は今は仕事も人生もうまく行っていてもいつかそうじゃなくなる時が来る。今世じゃなくて来世になるかもしれないけれど、絶対な。そんなに人生甘くないからな。そしてこの仕事もそんなに甘くないからな。』

と力強く言って、私を励ましてくれた後、スマートにスーツの内ポケットから封筒を取り出し、私に渡し、こう言った。

お前にじゃない。お前の子供にだからな。何かと大変だろう。最近、俺儲かってるから。いいか、お前の子供にだからな!お前にじゃないからな笑』

びっくりするくらいの金額だった。お祝いとのことだ。

なんともいえない、いろいろな気持ちが混ざって、私はただただ泣いてしまった。

Mさん、早く娘を連れて御礼に行きたいです。ありがとうございました。

今すぐあなたを抱きしめてあげたいくらいだよ

私を採用し、育成したYさん。

同い年ながら、高学歴、高収入のまさに絵に描いたような人生の勝ち組のような彼女とは、合わなかった。
表面化しなくても、周りの誰もが気づくくらいうまく行ってなかった。

私は正直彼女を好きになれなかった。

1番は彼女のマネジメントスタイルや考え方、伝え方などがどうしても腹落ちしなかったから。
白黒はっきりつけたがる、拗らせ気質な私はただひたすら『嫌い』だった。
(多様性とか言ってるくせに笑)

一方で、彼女は私を嫌いになるどころか、評価もしてくれていることはわかっていた。
これは本当に不思議だったのだが。

話を戻すと、彼女は長年不妊治療をしていて、ちょうど私を採用し育成している時がとてもしんどい時期だったのだと予想がつく。

そう考えると仕方のないことだっただろうし、子供を授かるために女性の身体や心に相当な負担がかかることだろうと想像すれば、一体何を私は器の小さいことを言っていたのだろうと今なら思えたりもする。

そんななんともいえない距離感&関係性ではあるものの、女性自体が少なく、私が妊娠したタイミングで、Yさんにも相談できたらよかったのだろうが、ちょうどYさんは2人目を出産するために産休に入ったところだった。

なので彼女の耳にこの事実が伝わったのは少し先。安定期に入る頃だった。

もう産むことは決めていた。同時に周囲から反対の声も挙がっていた頃だった。

いくら産むことは決めていても、周囲からのノイズに心が折れそうになることもあった。

しかし健診に行き、胎児が動く姿を見ると、また心が決まる。その繰り返しだった。

そんな時、健診の帰りに、Yさんが上長より私の妊娠の事実を聞いたようで、連絡があった。
LINEで冒頭から私の妊娠を祝福してくれていた。

『どんな事情があったとしてもとても喜ばしいこと。私は今すぐあなたを抱きしめてあげたいくらいだよ。』

それを読んだ時、私は横浜駅で人目も憚らず蹲って泣いた。

我が子の存在を喜んでくれる人がいるありがたさ。

私は我が子の存在をただただ肯定して欲しかった。ここにいる我が子の存在を愛しく思って欲しかった。
自分だけではなく、自分以外の人に。1人でも多くの人に。
それに気付いた。

あの時、本当に嬉しかったです。娘も嬉しかったはずです。ありがとうございました。

続きは来週

まだいるんです。ラブレターの相手が。
でも娘が泣いて起きるので、このへんにして。
産まれる前から、私の娘は愛されています。

The following two tabs change content below.

こじらせママちゃん

2021年5月に未婚で出産。20年ぶりに大都会暮らしから、生まれ育った会津若松へ移住。初めての子育てと仕事の両立に日々アタフタし、こじらせ、落ち込みつつも、持ち前の根拠なき自信でご機嫌に田舎暮らし満喫中。

最新記事 by こじらせママちゃん (全て見る)

コメントを残す