家族単位ではない暮らし方

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コレクティブハウスのこと【2020年3月11日追記①】

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昨日ふと、聖蹟桜ヶ丘にあるコレクティブハウスのことを思い出し、Facebookに備忘メモとして投稿したらみなさんに反応してもらえたので、2016年1月に書いたこの記事をリライトしてみる。

いま、わたしのまわりにはいろんな人がいて、身体的にもメンタル的にも、健やかだったり、少々病んでいたり、家族が病んでいたり、ホントいろいろ。

・病気が発覚し、数ヶ月間リハビリに行って、戻って来たばかりの年上の友人
・商売のパートナーでもあった夫を突然亡くした年上の友人
・小学校入学前の娘を持つ、まだ30代だった妹をガンで亡くし、今度は母の介護のためにせっせと実家に通っている年上の友人
・原因不明の体調不良を抱えつつ、育児と仕事に追われて、ついつい子どもにあたってしまったと打ち明けてくれた年下の友人
・夫と離婚して、幼い息子と二人暮らしを始めた年下の友人

あ、全員女の人だ。
みんな大変そうだけど、悲壮感を漂わせていないのが素敵。
素敵だけどちょっとだけ心配

家族単位じゃない暮らし方【2020年3月11日追記②】

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2016年に書いた下の記事。何にそれほど感動したのか、いまなら説明できる。

「家族単位じゃない暮らし」「長屋のような暮らし」

そういう暮らし方に感動したのだと思う。

ちょっとまわりぐどいところがあるけど、続けて読んでみてください。(※下から過去記事、ほぼそのまま)

過去10年間に衝撃を受けた出来事

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「過去10年間で大きく心が動いた(動揺した)出来事をあげよ」と言われたら、当然、震災は入ってくるのだけれど、震災以外だとなにかな?と思い巡らす。

そうだ、去年、父親が死にました。

一報を聞いたときは、動揺しつつも「予約しちゃった映画のチケットを誰かに譲らなきゃ」なんてことを考えつつ、それでもやはり動揺した。

施設に入居していたけど、たぶんこのまま90才くらいまで長生きするのだろう、前に心臓の手術してるから長生きするらしいよ・・・と、弟とヒソヒソ話していたくらいだったから。

父の死より遥かに動揺したのが、自分の円形ハゲ。
生まれて初めて声にならない悲鳴をあげました。

動揺ではなく、感動して心が動いたのはシルクドソレイユ。
母孝行で「ZED」を観に行き、感動して泣きました。

そのシルクドソレイユと同じくらい感動したのが、聖蹟桜ヶ丘にあるコレクティブハウス。

「ZED」のような、瞬間瞬間を楽しむエンターテイメントとは違い、こちらは人々が暮らす日常なのに。

「ZED」と同じくらい心動かされた。

でも、その場でワンワン泣くわけにはいかない。行き過ぎた迷惑な人になっちゃうから。
あんなにも涙を堪えたことはない。

ようやく本題に入るよ

流行のシェアハウスとは少し異なるコレクティブハウス

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コレクティブハウス?それなあに?と聞かれると説明が難しいのでこちらをご覧ください。

「シェアハウスよりもひとつひとつの居住空間が充実していて」

「シェアハウスよりも多世代・多属性の人が住む集合住宅」

こんな感じかしら。

(仕組みがわかるのはこちら)
「コレクティブハウス聖蹟」とは?

 (暮らしの様子がわかるのはこちら)
日々是コレクティブハウス聖蹟の暮らし(Facebook)

感動したポイントを述べます

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・プライベート空間と共有空間のバランスが絶妙。

・コモンミールと呼ばれる食事当番制があり、メンバーの仲を深めている。

・全員が快適に過ごせるよう、定期的に住民同士で話し合いをしている。

・誰かの子どもが危ないことをしたり悪いことをしたら、徹底的に話し合う。
当事者である子どもは、自分が叱られたこと、それを詫びる(または反論?)親の姿を見て、自分の頭で物事の善悪を判断できるようになる。

・若いママさんが見学者に説明をしていたときに、別の住民女性が若いママさんの赤ちゃんをあやしていて、その子がえらくご機嫌だった。親子かと思ったほど。

・さらに別のママさんが説明をし始めたとき、住居スペースで寝ていた赤ちゃんが泣き出したため、入居者の女性が「あ、わたし見てくるね」とサッとリビングから出て行った。
(ママさんの代わりに)

右脳でキャッチして感動したみたいです

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説明が難しい。
上に書いた私の説明で分かる方は、なかなかの直感タイプです。

以前、「えんがわ教室」という地域コミュニティについて学ぶ講座でこの場所の話題が出たとき

「私も見学に行って泣きそうになりました!」

と話したら、「えんがわ教室」の主催者である北池さんに、

「なんで?どのあたりに感動?理由は?ぜんぜん意味わからへん」

とバッサリ言われた。

ちくしょう。
なんにでも論理的な説明を求めやがって。直感力乏しいよね。

触覚で話そうよ

この前、ヨガの先生に教えてもらったのだけれど、自分の心に強く響いたことを上手く説明できないのは、右脳で直にキャッチしているからなんだとか。

コレクティブハウスの詳細を聞いて感動したわけではなく、人一倍、感じやすくて繊細で憑依体質な私が

・若いママさん
・独身OLさん
・妻に先立たれたおじいさん
・3人の子どもの子育てに奮闘中のお父さん
・入居者の誰に抱っこされてもスーパーご機嫌な赤ちゃん

といった面々の様子や表情を見て、勝手にスイッチが入り、涙腺が崩壊した(堪えたけど)。

「人間本来の関わり方がすべてこの暮らしの中に詰まっている」

心が直感的に捉えたことなので、説明するのがものすごく難しい。

【2020年3月11日追記③】すべてはこのとき感じたことに繋がっている

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同僚が自宅で練炭自殺を図り、亡くなったのが2008年。
従兄弟が車で練炭自殺を図り、亡くなったのが2009年。
コレクティブハウスの見学に行ったのが2010年。
そして震災が2011年。気仙沼に震災ボランティアに行ったのも2011年。

この4年間の出来事を思い出すことは、もうあまりないのだけれど
このとき感じたことがいまだずっと残っていて、たぶんわたしは生涯をかけて「暮らし方」にこだわり続ける気がします。

「なんでわざわざ他人の子どもを預かるの?」
「なんで人を集めてごはん会とかやるの?めんどうじゃないの?」

世の中がものすごいスピードで、追いつけないほどのスピードで変化していて、まったく先の読めない時代に突入したからこそ、生き抜くための必須スキルは、大抵のことを笑い飛ばせるメンタルと助け合う暮らし。
鬱陶しさを極力排除し、心地よくつながり、助け合える暮らし方を追求したい。長屋みたいな。

以下、昨日の夜、Facebookに投稿した文章を貼り付けます。

わたしのブログのドメイン(URL)が

「ouchigohan」

なのには理由がある

まだ茅ヶ崎に来る前

聖蹟桜ヶ丘にある
コレクティブハウスを見学したときに

「家族単位」ではないその暮らしかたの
すべてが琴線に触れまくり
なにを見ても泣けて泣けて
謎に涙腺崩壊で(堪えたけど)

わたしもなにかひとつ真似したいなと思って

印象的だった「コモンミール」をやりたいなと思って

いつか実現しようと思って

ブログのドメインに想いを込めた

先週の土曜と日曜の
オーブン料理を囲む会@大家さんちは

まさにわたしがやりたかった
ouchigohanの風景で

異なる世代と
異なる属性が
入り混じる場所

みんなそれぞれ意見が違っても
だれも主張したりしない

異なる意見が
異なる意見のまま
放置される場所

利害関係のない赤の他人同士だから
意見をすり合わせる必要もない

こういう場所をたくさん作ることが
わたしのやりたいこと

自分の仕事含めて

おそらくいま時間を費やしてることのすべてが
ちゃんと「ouchigohan」につながっていて

綿密に計画を立てなくても

誘ったり誘われたりを繰り返しながら

ああこれだ!

というものにいつか辿り着くのだろう

謎に自信があるのは

みんながわたしに期待するのが
そこだと思うから

あなたなら
いい感じに人を集めて
いい感じに心地良い空間を作れるでしょ?

という期待

作れます

期待に応えます

#誕生日の夜に
#思ったことを備忘メモ

おしまい