最初にやるべきは退職ではなく独立するための(フリーランスになるための)準備をすること

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働き方改革が強制的に行われている

電車に乗れない、江戸にも行けない(行きたくない)

この記事を書いているのは2020年2月後半。
まさか2020年のはじめに日本中が(もとい世界のあちらこちらで)コロナウイルスで右往左往することになろうとは、まったく予想だにしませんでした。

「予防のために電車内ではなるべくつり革に触らない方がいい」
「でも急な揺れには気をつけて」

どっちやねん。これはもう、電車に乗るなということかと。

リモートワークが加速する

どれだけ満員電車に押し込まれても、朝の通勤時に人身事故で足止めを食らっても。
駅の改札にすら入れず、近くのスタバも満員で入れず、通勤難民になったとしても。

残業してクタクタの状態で駅に行けば、これまた人身事故で電車が止まっていて、なかなか帰路につけなかったとしても。

頻発する遅延と200%の乗車率に我慢できた人たちも、そして社員に我慢を強いてきた企業も、コロナウイルス感染の恐怖に対しては行動を起こさざるを得ない。
わたしたちは時代の転換期にいる。2020年は間違いなくフラグの立つ年。

みんな、なにを思いながら電車に乗っているのだろう。
家に小さな子どものいるパパさんママさんは、不安な気持ちで通勤しているのだろう。
自分の働き方について、だれもが無関心ではいられない時代。

入金元がひとつ(会社)しかない怖さ

45歳リストラ
副業解禁
一生面倒見るなんてマジで無理だよ〜という経団連や大企業

お財布(入金元)がひとつしかないことへの恐怖感をみんなが抱く時代。
過去に専業ママVSワーキングママ論争とかあったのが懐かしい。
古き良き時代。ノスタルジー。

夫婦両輪ワークは当たり前で、且つ、夫婦それぞれが複数の仕事(入金元)を持たないと不安な時代。
もちろんシングルの人も。
でも、どう動いていいのかわからない。ぬるま湯に浸かりすぎていた人は尚のこと。

わたしの(前職)退職に関するよくある質問

「なんで会社辞めたの?」
「大きい会社で安定していたのになんで?」

そして意外といちばん聞かれるのが

「前職の会社のCMがバンバン流れているのを見て、辞めなきゃよかったな〜って後悔することある?」

ないない
まったくない

むしろ退職が遅すぎたことを死ぬほど後悔。
忙しさにかまけて完全に思考停止してた。会社批判していた時間が死ぬほど無駄だった。
愚かだったなー
頭悪すぎたなー

このへんのことをよく聞かれるので、詳しく綴ります。

嫌だったけど会社を辞める勇気がなかった

わたしは2015年4月末で会社を辞めて、1年ほど無職生活を満喫した後、フリーランスになりました。
会社を辞めたいと思ってから実際に退職するまでに4年はかかっています。
自分の人生を後悔することってほっとんどないのだけれど、唯一後悔しているのが、退職の決断が遅れたこと。悔やまれる。
なぜ辞められなかったのか?なにを恐れていたのか?

恐れ1:打ち出の小槌を手放せなかった

いまの会社を辞めたとして、はたして転職できるのか?
40過ぎてるわたしを採用してくれる会社はあるのか?
会社を辞めたら路頭に迷うのではないか?
生活していけないのではないか?
いまよりも良いお給料をもらえるのか?

それなりに満足のいくお給料をもらっていたので、打ち出の小槌を手放せずにいました。

恐れ2:自分ひとりの力で稼げる気がしなかった

転職が難しいなら、フリーランスという道もある。
でもわたしごときがフリーランスとして独り立ちできるのか?
自分にそんな力量があるのか?
そもそも一体、何業で独立すればいいのか?
転職以上に遠い遠いフリーランスへの道。

当時はまっていたもの

満員の通勤電車の中で当時熱心に読んでいたのが「社畜ブログ」と「イケハヤブログ」
イケハヤさんのブログタイトルが、ある日突然「まだ、東京で消耗してるの?」に変わったときは、悔しくて電車内で泣きそうになりました。
まさに消耗していたから。痛いところを突かれて泣きたくなる。

背中を押した500円玉ハゲと1円玉ハゲとかる〜い鬱

現状に不満を抱えつつ、一歩も動けずにいたわたしを突き動かしたものとは。

その1:襟足に500円玉ハゲ

ある日、ふと襟足を触ってみたときに、部分的に毛が生えていないことに気づく。
ぬぬぬ?
合せ鏡で見てみると、500円玉大の円形ハゲが。
ストレスによる円形ハゲ。

その2:頭頂部に1円玉ハゲ

500円玉ハゲができたことを、笑い話的に仲良しの美容師さんに伝えたところ、神妙かつ慎重かつ優しい口調でさりげなく告げられる。

「そんなに気にするほどじゃないんですけどね。
すこーしだけ、1円玉かそれよりも小さいくらいなんですけど、頭頂部にもちょっと出来てますね」

あのとき、座っていた美容院のイスから身体が少し浮いた。
声に出ない叫び。顔面蒼白で絶叫(音声なし)。
あんなにショックを受けたことって、いまだかつてないかも。

その3:かる〜く鬱っぽくなり、同僚に殺意を抱く

ストレスの原因は仕事。
面白くもなければやりがいも感じられない仕事をただただ生活のために続けていた。
同僚も気の合わない人が多く、当時のわたしの価値観からすると「あなたたち、揃いも揃って全員間違ってるわ!」な人ばかりで、人間関係がいちばんのストレスだった。

あれはたしか2014年の春。

責任感の強いわたしが、自分が任せられていた現場仕事を放棄した。
なにが嫌で放棄したのかは、もう覚えていないのだけれど、そのことを同い年の同僚女子に責められて「あの女、まじで殺してやろうか」と思ったことはハッキリ覚えてる。

殺すは言い過ぎだとしても、どんな手段を使って、同僚女子を追い詰めてやろうか、わたしを責めたことで、逆にまわりから反感を買うように仕向けようとかなり本気で考えてました。
いま思うと病んでますね。当時はまったく気づきませんでした。

ただ、「現場に穴を開けた」事実については、わたし相当病んでいるんだなと気づくきっかけになり。「ここを脱出しなければならぬ」と、ようやく決意したのでした。

一円玉ハゲを見つけてくれた都立大学にあるヘアサロンにて

一円玉ハゲを見つけてくれた都立大学にあるヘアサロンにて(目が死んでる)

部長に退職の意思を告げる

常に仕事に追われてました

当時のわたしは「春商戦期」「夏商戦期」「冬商戦期」と年に3回の街頭イベントの主担当であり、多いときには「仙台」「秋葉原」「大阪」「名古屋」「福岡」の計5カ所のイベントを担当。
冬商戦が終わる頃に春のプロモーション戦略が決まり、次の春商戦イベントに向けて動き出す。

イベント準備→イベント開催→次の商戦期に向けたイベント準備・・・をエンドレスリピートで繰り返し、ほかにもウェブ広告系の仕事を山ほど抱えていたので、常になにかに追われている状態。

残業を終えて会社を出ても、あちこちの代理店担当者から会社用携帯にバンバン電話がかかってくる。

「○○のチェックをしていただけましたでしょうか?」
「修正原稿は送っていただけましたでしょうか?」
「来月の広告プランについて方向性は決まりましたでしょうか?」

うるさい、うるさい、うるさーい!!!

金曜以外の平日も会社のPCを持ち帰る。
自宅最寄駅のベンチでPCを広げて、問い合わせに応じる。
やっと改札を出られたと思ったら、また別の代理店から電話がかかってきて、立ったまま電話打ち合わせが始まる。

我ながらよくやってたなー。

23:40品川発の湘南ライナーで・・・ってFBに書いてあった。迷わず500。

23:40品川発の湘南ライナーで・・・ってFBに書いてあった。迷わず500缶。ライナーは酔いがまわるよね。

上司に退職の意思を告げる

これだけ仕事を抱えている上に、年3回の街頭イベント主担当としてあてにもされているので、ギリギリで退職を告げるのは会社にとって超迷惑。
冬商戦の準備が始まりだした2014年10月頃に上司に退職の意を伝える。

「来年4月の春商戦街頭イベントが終わったら退職します」

半年前に告げるとか、わたしってばスマートさんだわーと思いながら。

部長に心配される

きっと引き止められるだろう、相当引き止められるだろうと覚悟していたのに、まったく引き止められることはなく、上司(部長)にこう言われました。

「本当にやめて大丈夫?」
「考え直してもいいからね」
「気が変わったらいつでも言ってね」
「ウチやめてほかにいい転職先なんて(年齢を考えても)見つからないと思うよ」

燃料投下

「部長、優しい」
「部長の言う通りかも」

と、思うような性格じゃない。部長とも何度もバチバチやりあっていたので、そんなこと思うはずがない。

当時のわたしは部長の言葉に怒り心頭。ハラワタ煮えくりまくり。

「こいつ・・・まじ腹立つ、ぜったい見返してやる!」

わたしをよく知る元カレ曰く
「仮想敵を作って自分をメラメラ燃やすタイプ」らしいので、部長の言葉が燃料投下となり、次の日からサイトを立ち上げブログを書き始める。
そう、いま書いているこのブログサイト。

名古屋ヤマダ電機前にいるナナちゃん。1973年生まれのタメ。彼女に会うのだけが名古屋イベントの楽しみでした。

名古屋ヤマダ電機前にいるナナちゃん。1973年生まれのタメ。彼女に会うのだけが名古屋イベントの楽しみでした。

会社を辞めるために始めたこと

会社を辞めるための準備として始めたことは。

ブログを書き始める

当時付き合っていた彼氏に、5年くらいかけてずっと言われていたこと。

「あなたの書く文章は面白い」
「文才がある」
「(長文メールとかで)俺だけが読んでいるのがもったいない」
「ブログを書いたらいいのに」

そのたびに「えー、人に読まれる文章なんて書けないよー」と逃げ続けていたけれど、ずーっとずーっと言われ続け、さらに彼はわたしをとことん褒める人だったので

「あなたは会社の人たちを責めるけれど、みんなはフツー、あなたが特別」
「あなたにはハッキリ見えているものでも、他の人たちには見えていないし、到底気づけない」
「気づけない人を責めても仕方ない」
「人にはない着眼点で文章を書けるのがあなたの最大の強み」
「自分にあわない会社なんてとっとと辞めて、文章を書いて食べていけ」

これほどの賞賛を浴び続けたら、いくらビビリのわたしでもその気になる。

ブログ書いてフリーランスになれるのかな?
そんな思いでブログを立ち上げることを決める。

毎日書いて300記事近くに

茅ヶ崎駅から朝5時台の湘南ライナーに乗り、車内でブログの下書きを作る。

昼休みには会議室に鍵をかけて立てこもり、下書きに手を入れて、画像を挿入してワードプレスに投稿。

このスタイルを退職する日までの半年間、ずっとやり続けました。
飽きっぽくて自分に激甘なわたしがやり通せたのは、間違いなく部長のおかげ。
仮想敵ってすばらしい。

2014年の10月に書き始めたブログが、徐々にPVを伸ばし、3ヶ月で1万PVに到達。
ブログを読んだ方からちょいちょいメッセージももらったりして。

これは・・・やばい、わたしもしかして、才能があるのでは?と大いに自信を持つ。

ブログでの直収入ではなく、ブログが集客装置となる

当初はブログの広告収入で独り立ちできればと思っていたけれど
わたしの書く「地域ブログ」は、「アドセンス広告」とも「アフィリエイト広告」とも相性がよくなく、月間PVが7万まで伸びても、月の広告収入は1万円程度。
話にならん。ビジネス設計ミス。収益設計ミス。

あと「文章をコツコツ書き連ねること」だけは時間を忘れて没頭できるけれど
広告を貼る位置を試行錯誤したり、ブログの構成を見直すなどの「コツコツ&チマチマ地道な作業系」もまったく向いておらず。

そもそも、人百倍コミュ力が高いのに、1日部屋にこもってPCカタカタやってるのは、己の能力をフルに使えてないのでは?ということにも気づき。

そうこうしているうちに(長くなるので割愛、そのうち詳しく書きます)

やがてブログが「集客装置」として機能しはじめて

「ブログを読みました、おもしろいですね!」
「弊社の記事ライティングをお願いできませんか?」
「ホームページのリニューアルを手伝ってもらえませんか?」

という依頼が舞い込み始める。で、現在に至る。

会社員時代の人生の無駄時間ベスト5

通勤時間

品川駅の新幹線乗り場の上にスタバがあって、よく外国人観光客がスマホで動画を撮っていました。
改札から溢れ出てくる日本人がそんなに面白い?面白いよね。わたしも観光客だったらスマホ向けるわ。
心の中で舌打ちをする。

みんな無表情で会社に向かっていくけれど「会社にいなくてもなんの問題もないひと」をブルドーザーでざざざざーっとすくい上げたら、どのくらい人が減るのだろう?
みたいなことを毎朝飽きずに妄想してました。

ランチ時間

「部内のみんなでお昼!」とかはまだコミュニケーションという目的があるからいいんだけど、女子ばかりが集まる休憩室での昼食は苦痛だった。
愚痴が多い上に話にオチがなくて。ドラマの話とか延々されてうんざり。
そのドラマを見ていなくても、出演している役者の経歴を語れるくらい芸能通なので、会話内容のレベルの低さに心底うんざり。

メンタル不安定な上司の相手

直属の上司である女性課長がメンタルの不安定な人で、彼女のヒステリーを何度も浴びせられた。
わたしは比較的被害が少ないほうだったけど、それでも何度かやられた。
一度だけ、ふと気づいたら右手が胸のあたりでグーを作っていたことがあってびっくり。
本気で殴ろうとしたみたい。記憶があいまいだけど、だれかが止めに入った気もする。
部長を呼びに行ってくれたんだっけかな?
あぶないあぶない。殴ったら傷害罪。

不毛すぎるミーティング

「マーケティング戦略部」という、総勢20名ほどのご立派な名前の部署があり、週一で全体ミーティングをやるんだけど、内容がスッカスカ。

一言でいうと知識自慢合戦のマウンティング道場。

「高学歴でMBAホルダーの彼らが、こんな知識自慢合戦だけに時間を費やしているはずがない」

「プロバー社員のわたしたちには知らされていない、社長直下の極秘プロジェクトがあって、夜な夜なプロジェクト遂行に邁進しているのだろう」

「UQロボとか作ってるんじゃない?地面の下から出てくる系のやつ」

当時、同僚女子とこんな会話をして、心の底からバカにしてました。

震えるほどのどうでもいい仕事

どうでもいい仕事を思い出して列挙するだけで、余裕で一記事書ける。5000文字くらい書ける。

一例をあげると稟議。稟議稟議稟議。

課長にOKをもらえるように稟議書を書く。
課長に訂正箇所を指示されて直し、部長に出す。
部長に訂正箇所を指示されて直し、本部長に出す。
ココとココとココを直せと本部長に言われる。直す。

すると、あーら、不思議!

わたしが最初に作った稟議じゃん。

こんな日常。これ仕事と言えるのか?だれのなんのための仕事なのか?
そりゃ残業なくならないわけだ。

好きな言葉書いて机の上に置いとけって言われて書いた言葉が許容。よほどいろいろ許せなかったと思われます。

好きな言葉を書いて会社の机の上に貼っとけ活動で書いた言葉が許容。よほどいろいろ許せなかったのだと思われます。

それでも一歩が踏み出せない人へ

正しい選択は自ら作り上げるもの

フリーランスになって稼げるようになったのは、運でも選択が正しかったからでもない。
「正しい選択をした」と思えるよう、目一杯行動したから。
だからいまこうして、満員電車とも稟議書ともヒステリックババアとも不毛なミーティングとも、一切無縁の生活をしている。

打ち出の小槌を握っていると思いこんでいたサラリーマン時代より稼げるようにもなった。

タイミングとか能力とかは関係ない。
現状を変えたいなら行動あるのみ。
わたしが会社に通いながら、毎日ブログを更新し続けたように、少しずつやれることから行動することをオススメします。

他責している場合じゃない

元の職場の悪口を書き連ねましたが、当時のことはもう結構忘れていて、かなりがんばって記憶をたぐりよせました。
そのくらい、いまのわたしにとってはどうでもいいこと。遠い遠い過去の出来事。

当時は

「会社が悪い」
「上司が間違っている」
「同僚たちの考え方はおかしい」

と文句タラタラ星人でした。ああ、恥ずかしい。
他責をしているうちは、現状なんて変えられないんです。
いまの環境に満足できないのは、だれのせいでもない。自分が行動しないから。ただそれだけ。
それを人のせいにするのは単なる逃げです。

さあ、行動だ、まずは会社以外の場所で動いてみよう

自分になにができるのか?
いまあるスキルで稼げるのか?
自分のスキルに対して世の中にニーズはあるのか?

それは他人が決めてくれます。

わたしも最初はライティング能力を活かしてブログの広告収入で稼ぐつもりだったけど、いまはWEB制作のディレクション業務がメインです。
少し前までは、地元の工務店さんの広報まわりの仕事を業務委託で受けてました。

文章がそこそこ書ける人はいくらでもいるけれど
初対面の相手に気に入られる「圧倒的なコミュ力」と「営業力」
クライアントの要望にあわせて、エンジニアやデザイナーに作業を依頼する「ディレクション力」のほうが、世の中的にニーズがあったようです。

だから細かくウダウダ戦略とか立てなくていいんです。
自分で自分を見つめるのは難しいし、自分で思いつくことには限界があるし、あんまり意味がないから。
あなたのスキルに価値があるかどうかを判断するのは、他人であり世間様。

まずは
「これやってみたい!」
「深く勉強してみたい」
「こういうの得意な気がするんだけど」

程度でいいので、興味あるものに手を出してみましょう。

やってみた結果、最初に手を出したものを継続したまま、独立できるかもしれないし、わたしのように「フログの広告収入で稼ぐ」つもりが
広報業務やディレクション業務の委託契約で稼ぐフリーランスに落ち着く場合もあり。

なにごとも手を出してみないとわからないものです。
まずは行動あるのみ。

おしまい